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遠吠えは届かない
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 呉杏柚の思いがけない攻撃で、闇は消耗しきっていた。今は体を休めるため、施設の外の樹上、月明かりでも暗闇に隠れられる場所に身を潜めていた。
なにやら施設の内外が騒がしい。例の収容者たちがついに騒ぎを起こしたのだ。

「所長とは連絡が取れないな」
呼び出し音が虚しくなるだけの受話器を置くと、杏柚は外へ歩を進めた。
彼女に与えられた所長からの指示は、『闇』の処置。なにやら騒ぎが起きているようだが、彼女に何とかしろという命令は下されていない。杏柚もまた、自分が今するべきことが脱走者の確保だとは考えていなかった。これはテストなのだ。下手に首をつっこんで巻き込まれることもないだろう。
外へと続く扉は開け放たれていた。杏柚はそこから外に出た。こんな夜中に出入り口が無防備に開いているなどとは普通では考えられない。やはり、始まっているのだ。
(サーチ‥‥やはり外‥‥上‥‥)
杏柚は人間化した闇の気配をたどり、外に出た。
「そこにいるのはわかっている、下りてこい。なぜこんなことをした? 天災が不自然に施設に集中したのはおまえの仕業ではないのか?」
樹上に向かって杏柚が問いかける。
「‥‥貴様に捕まる『だけ』なら吝かでないが‥‥箱の玩具に成り下がるのは御免だ」
闇が返事をした。
杏柚は奥歯を強く噛み締めた。じわりとアクセラが染み込んでいく。次に使えば死ぬかもしれない、だが、ここで闇を取り逃がすつもりはない。
「そうだな‥‥俺が勝ったら――嫁にでも来て貰おうかね‥‥」
(ダウンロード:ハッキング)
暗闇に潜む闇を睨み付け、その心をハッキングして読み取った杏柚はスカートに潜ませていたナイフを瞬時に放った。
体内の闇を利用して脳への血流を経つ‥‥それを読み取った直後の人並みはずれた反応。
木の上から落ちてきた男の額には、大型のスローイングナイフが刺さっていた。
「戯言は聞きたくない」
そう言うと、杏柚もその場に倒れこんだ。
「アクセラの代償か‥‥」
血を吐きながら、彼女がつぶやいた。


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