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遠吠えは届かない
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 夕食の時間。一日で一番ましなものが食べられる時間だ。
 レナとアリシアはいつものように二人で並んで食事を取っていた。
「相変わらず薄い肉ねー、これの二倍は欲しいけど」
 ペラペラのステーキをフォークで突き刺してレナが退屈そうに言った。
「あげないからね」
「べ、べつにアリシアのをとろうなんてしてないよっ!」
 そーっとプレートをレナから離すアリシアを見て、レナは慌ててステーキを自分のプレートに戻した。
 そんな二人の元に、ガリガリに痩せた男が一人、近づいてきた。
 ここには色々な人間がいるから、彼の伸び切った黒い髪や赤い瞳など不気味な外見は気にしない。少なくともレナはそうだ。
「よければどうぞ」
 彼はレナに自分のプレートを差し出した。手がつけられた痕跡はない。
「あなたは食べないの?」
 レナは率直にたずねた。
「俺は食事を摂らない」
「はぁーっ、それでそんなに痩せてるんだね。それじゃ遠慮なく頂きまーす」
 ありがたくペラペラステーキの乗ったプレートを受け取るレナ。
「ちょっとレナ、少しは遠慮ってものを考えなさいよ。何も食べずにこの人はどうするのよ」
 アリシアがレナをたしなめる。
 確かにこの男、食事を摂らないとはいってもかなり痩せている。何も食べずに生きていられるナイトメアとは違うのかもしれない。

 血。男が口にする唯一のもの。
 男の名はヘルツ。
 食事の時間は、ヘルツにとって退屈な時間だった。
 食事は食べないから食堂へ出てくる理由はないのだが、収容者を一括に管理する為、食事の時間には必ず出てこなければならなかった。
 そんなある日の朝、コルクボードにメモを貼り付ける、少女の姿を見つけた。
 彼女が立ち去るのを待ってから、メモを見に行く。
『食事の時間の話し相手募集。面白いネタ持ってきてね! レナ』
 年頃の少女らしい、丸く跳ね回るような字体で書かれたそれをみて、ヘルツは疑問を覚えた。
 先程も、友人と思しき少女と食事をしていたのに、なぜ話し相手を募る必要があるのだろう……?
 何かに興味をもつのは、久しぶりだった。
 あの少女――レナに、接触してみようと彼は決めた。
 ちょうどそろそろ、喉の渇きも限界だ。
 彼女にうまく近づければ、一口頂くこともできるかも知れない――

「君は、本物の吸血鬼を見たことがあるかい?」
「へ?」
 男の唐突な質問に、レナはぽかんと口を開けたまま固まった。
「吸血鬼、ヴァンパイアだ」
「な、ないけど……」
 男は長い髪の奥でにやりと笑った。
「コルクボードを見てね、面白い話が聞きたいんだろう」
 男の言葉にレナはうん、とうなずいた。
「とりあえず、あなたの名前を教えて」
「俺はヘルツ」
 ヘルツと名乗った男を、アリシアは困惑の目で見ていた。怪しい、怪しすぎるってば。
「私はレナ、こっちはアリシア」
「ちょっ」
 私を巻き込まないで、とアリシアは言いたげだった。
「二人が楽しげに話をしているのを見たことがあるが、面白いネタが欲しいとはどういうことだろう」
 ヘルツはアリシアをチラリと見ただけで、レナのほうに向きを戻した。
「ここで面白い話っていったら、一つしかないでしょ」
 レナが楽しげに笑った。
 

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