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遠吠えは届かない
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「はぁ……」
 コルクボードを眺めながらため息をついている少女は明染 希(アケソメ・ノゾミ)。どこにでもいそうなごく普通の少女。
 もちろん彼女も能力を秘めているためここに収監されているわけだが、彼女の能力はさして乱暴なものでもなく、戦争に役に立つものでもなかった。それなのにこんなところに閉じ込められている。
 彼女がため息をついた理由は、レナの張り紙にあった。トランスポートがそれを持ち去る前、彼女はそれを見ていた。レナという子と話せる話題を持っていたらよかったのに。
『余っている布 引き取ります ※一部ハンカチ等にしてお返しできます 明染 希』
 彼女はいつものようにメモと自分が作ったハンカチをコルクボードに貼り付けた。
 ここから出れば、昔の友人にも会えるし、ハンカチだけじゃなく洋服を作る勉強もできるかな。
 そんなことを考えながら、彼女はコルクボードの前を去っていった。
 その足元が、ほんの少し地面から浮いている。文字通り、浮いている。
「あ……」
 強化ガラスの窓の向こうに、ツバメが飛んでいくのが見えた。
「私も、あんなふうに自由になれたらな……」
 小さな窓からしばらく外を眺めて、そしてまた希は自分の部屋へと戻っていった。


「よっと」
 ツバメはくるりと空を回ると、人の姿になって地上に降りた。
「人遣いが粗いが、まぁこれで食べてるんだから仕方ないか」
 彼女――ツバメは、小さな荷物を持って施設のドアの横にある機械にIDカードをかざした。
 しばらくして、扉が開く。
 配達の後は食堂で一服。能力を使った後はエネルギー補給が欠かせない。今は収容者たちの食事の時間ではないので、彼らと顔を合わせることも無くゆっくりできる。
 食事を済ませるといつものようにコルクボードを見て回る。すると、いつものように小さな布が貼り付けてある。
 まだ集めているのか、と、ツバメはポケットから端切れ類を取り出して押しピンでそこにまとめて貼り付けておいてやった。

 ツバメは施設の職員ではなく、『配達員』として外部から雇われているだけなので自由に立ち入れる部屋はほとんどない。それでも暇つぶしと興味ついでに色々見て回る癖がついていた。
 そういえば、この施設で不思議なことが起こると聞いたことがある。なんでも、何も無い闇から人影が現れたり、物音がしたり、後ろから髪を引っ張られたり……
 怖くは無いが不気味だな、と思いながら化粧室の前を通りかかると、パチパチと音がして部屋の電気が消えた。
 ツバメは闇をじっと見つめた。
 そこには何かがいた。
 何がいるのかはわからないが、確かに何かがいたのだ。
 再び明かりが灯ると、何も無かったかのように……何も無かった。
 疲れているのだろうか。ツバメは栄養ドリンクを休憩室の自販機で買おうと、足早にその場を後にした。


「大体のものは、見せて貰った。面白いことが起こりそうだな」
 クスクスと『闇』が笑った。
 闇はどこにでもある。廊下でも、個人の部屋でも、少女が脱出をたくらんでいる食堂にも。
 

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