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遠吠えは届かない
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「何もかも不愉快だ」
 男――トランスポートは、イラついていた。
 何者かに操作された記憶、そしてこの退屈な施設。なぜ自分がこんなところにいなければいけないのか、なぜ俺がこんなことに――いや、考えても仕方がないことは彼もわかっていた。
 そんな彼が普段なら特に気にもしないコルクボードに目をやったのは、偶然ではないのかもしれない。
「面白い話?」
 具体的な意味を成さないメモ。その中にトランスポートは何かを感じた。彼はメモをコルクボードから剥ぎ取ると、昼食のプレートを持ってツカツカと歩き出した。レナ、髪の長い少女だ。このどうしようもない刑務所と病院を足して割ったような退屈な施設で、二人の少女が談笑している光景はやや浮いているものがあった。そのせいで彼の記憶にとどまることになったのだろう。

「よう。張り紙見たぜ。俺の名前はトランスポート。あんたもここから出たいんだろう?」
 ガタン、と目の前の席に座るなりそう話し始めた背の高い男に、さすがのレナも一瞬キョトンとした。
「ま、まぁね。まぁ、そうね」
「歯切れが悪いな」
 トランスポートが話し相手を間違ったか、と苦い顔をすると、長い髪の少女はちょいちょいと食堂の隅を指さした。
「あのロングスカートの女の人」
「職員だな」
「ナイトメアが使えるらしいから、要注意なの」
「そいつは厄介なことだ」
 右手のグローブを忌々しげに眺めるトランスポート。ナイトメアか、やはり使えるものが職員の中にもいるのか……まあそうでなければ張り合いがない。
「あんたはレナで間違いないんだな?」
 トランスポートはメモを見せる。レナの字だ。
「間違いないよ。それでこっちのおさげの子はアリシアね。あー、それ取ってきちゃったの?」
「もう何人か集まっているだろう。大勢で行動するのは勧められないからな」
 トランスポートは今まで彼女に接触を試みた人間たちを見ていたようだ。中にはまったく意を解していないように見えたものもいたが、黒いワンピースの少女のようにやる気満々の者もいた。このあたりでいいだろう。彼はそう判断した。
「俺のナイトメアを説明する。『3rd Hand』。右手で触れたものを左手に瞬時に移動させられる」
 本当に手短に、必要最低限の言葉だけで彼は能力の説明をした。
「どうだ、使えそうか?」
 はじめはなんだか怖そうだと思っていたトランスポートが初めて微笑んだ。
 レナは、もちろん、と頷いた。
 

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