梨野 五平(ナシノ・ゴヘイ)はツバメと同じく外部から施設に物資の供給などをしている男だ。
腕章などがなければ彼を認識して他人と識別することは難しい。それが彼のナイトメア『Ainsel』。実際のところ五平というのが本名なのかどうかすら怪しい。
今日、彼は同僚のツバメと共に菓子類の買出しから戻ってきて、噂になっている『影』を探していた。
どうも化粧室に影が現れるという話が多いらしい。五平も今その化粧室の付近にいる。
「トイレといえば花子さんですが……」
化粧室、つまり簡単に言えば女子トイレなのだが、日本では特に怪談の多い場所だ。なにやら噂があってもおかしくはない。
やはり噂は噂か、と五平がそこを離れようとしたとき、ザーッと水の音が聞こえた。洗面所の蛇口が一斉に開いたのだ。あり得ない。しかしこのままにもできない。五平は洗面所の蛇口をすべて閉めた。
(「何かいる……だけどそれが感じられない、存在が『闇』だ……」)
いる。だけどいない。自分と似ている気もするが、そうではない。
ふと、ナイトメアならすべて説明できるな、と彼は直感した。興味深いが自分には仕事がある。後ろ髪を引かれる思いで、五平はその場を後にした。
「影はどうだった? 何かいたか?」
少しからかうようにツバメが五平に聞いた。
「いましたよ」
五平の答えにツバメが目を丸くする。意外だったようだ。
「放っておいていいのか?」
「私たちには私たちの仕事がありますから」
「仕事ねぇ……」
積み上げられた菓子の山を見ながらツバメがため息をついた。
「そちらはどうでしたか」
「受け取ってもらえた」
ツバメは、空を飛ぶ燕の姿が刺繍されたハンカチを五平に見せた。
「ま、どうなるかはわからんがな」
ツバメはハンカチをポケットにしまうと、自販機で買った栄養ドリンクを一気に飲み干した。
「こんにちは」
聞きなれない声に、ツバメと五平が振り返る。
声の主は、バネットだ。ふんわりしたワンピースの上に白衣を軽く羽織っている。
「私はバネット。あなたたちに話があるの」
「話?」
どうせろくなことじゃないんだろう、とでも言いたげな表情でツバメが返す。
「テストが始まったの、だからあなたたちにも協力してほしいの。報酬は悪くないわ。そのかわり命の保障はなしよ」
涼しげな顔でバネットが言う。
「試験官でもしろってのか」
「脱走を手伝うか、阻むか」
「なんだそりゃ」
ツバメが五平のほうを見るが、五平もわけがわからないと言いたげに肩をすくめた。
「テストなのよ」
バネットが微笑んだ。
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