娯楽室開放。それは収容されている者たちにとって朗報だった。一部の者を除いて、希望者は一日二時間、昼食の後に娯楽室で本を読んだり他の者と話を楽しむことができる。
「一部の人ってどういうこと?」
早速娯楽室にやってきたアリシアが窓際のソファに席を取り、レナに尋ねた。
「凶暴な人とか、人に迷惑かける人とか、つまり問題児じゃない?」
レナはココアをかき回しながら答えた。
「アリシア、ハンカチできたよ」
希がきれいに飾り縫いをしたハンカチをアリシアに渡した。
「わー、ありがとう! かわいくなったよー」
嬉しそうに受け取るアリシア。自然と希も笑顔になる。
「希もここに座りなよ、日当たりがいいよ」
アリシアがすすめた場所に希が腰掛ける。分厚い強化ガラスから差し込む光が気持ちいい。
「ねぇ、アリシアの能力はナイトメアがあるかどうかわかるだけだよね。人を傷付けるものじゃないのに、どうしてこんなところにいなきゃいけないのかな……私だって、たいしたことはできないし」
希がぽつりと話し出した。
「そうだね、私にはここに来るまでの記憶がないんだけど、どうして自分がこんなところにいなきゃいけないのかわからない。希は外に家族とかいる?」
「私は……家族や友人は戦争で失ってしまったの」
「あ、ごめん……」
「いいの、自分の過去がわからないほうが辛いよ。もし外に出られたら、私はまた好きなだけ空を眺めたいな」
窓ガラス越しに空を眺めながら希が言った。この場所の窓が開くことはない。
「外に出たいと思う?」
「うん、出たいかな」
何気なく湧き上がる、外の世界への希望。流されるだけの生活から、希が変わり始めていた。
「うをー! さっぱりわからない!」
娯楽室においてあるチェス盤を凝視しながら頭をかきむしるレナ。向かい側に座っているのは月見 鏡。
(「失礼ながら頭のほうはイマイチ、と」)
クイーンを取り上げながら鏡は冷静に周りの人間を観察していた。
「何かいい情報あった?」
「少し、注意したい人間がいます」
バネット。あの女は要注意だ、と鏡が告げる。とても動きにくい状況であることも。
「厄介ねぇ」
レナがため息をついた。誰かがレナのキングをひょいと取り上げて、彼女はようやく自分が負けたことに気がついた。
「レナさんの負けですの。王様が死んでしまいましたの」
白い小さな手に白のキングをおさめた声の主は、テローネ。目のない黒猫を連れた不思議な少女だ。
「これは戦争のゲームですの?」
「そうですね、戦争を模したゲームです」
レナの代わりに鏡が答える。
「チェスは二人で遊ぶものですの。私はトランプで遊びたいですの」
テローネはチェス版の上に真新しい紙製のトランプを置いた。
「そうだね、トランプなら大勢でできるし、簡単にできるゲームもあるし」
レナがチェス版を片付けて何のトランプゲームをしようかテローネと話していると、長身の青年、トランスポートが近寄ってきた。
「いいモノを見つけたぞ。どこぞのモグラが掘った穴だ」
彼はエアダクトのことをそれとなく教えた。それがどこに続くかわからないが、出口に近いという噂はある。まだ確証はもてないが。
「それなら私が確かめてあげますの」
「まさか直接入ってみようっていうんじゃ」
怪訝な顔をするトランスポートを見て、テローネは意味ありげに微笑んだ。
「とりあえず、今はトランプをするんですの。他人と遊ぶのって初めてですの」
レナ、トランスポート、鏡を見渡してテローネが小さな手でパタパタとトランプを切り始めた。
「私ババ抜きがいいな~」
「ババ抜き? それはどういうゲームですの?」
のうてんきなレナに一枚、カードをテーブルに滑らせるテローネ。そのときカードが彼女の指の皮膚を裂いた。テーブルの上に滴り落ちる血。
「痛いですの。紙って意外と切れ味が鋭いですの」
トランプをバラバラと落として、テローネは自分の手を握り締めた。
「大変! 医務室で診てもらわないと」
レナが慌ててドアに向かい、取り付けられているボタンを連打する。すぐに職員がドアを開けてレナの話を聞いた。
「私が医務室まで連れて行こう」
ロングスカートの知的な女性――杏柚だ。
「私はレナさんについてきてほしいんですの。怖いんですの」
テローネが小さな体をさらに縮めて怯えてみせる。杏柚は正直こういった反応が苦手だった。どう接すればいいのかよくわからないのだ。
「医務室がどこにあるのかは知っているか?」
「うん、知ってるわ」
レナがうなずくと、杏柚は二人を部屋から送り出した。自分は血を拭いたりしなければいけないし……と、理由をつけて二人を自由にしてやる。あのテローネという肌の白い少女はこの前食堂でマウスを出し、今もナイトメアで作り上げた黒猫を連れている。何か考えがあることは確かだ。面白い、何をするのか少し見せてもらってもいいだろう。
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