バチバチ…‥チチッ
小さな破裂音がして、部屋の電灯がちらついたかと思うとそのまま消えてしまった。もう何度目だろう? ケンイチ・ゴールドスミスの部屋で起こっている怪異。
「ま、まだ消灯時間じゃないのに……」
ケンイチは震える手で本を置くと、壁を頼りに手探りでドアまで歩いていった。ドアに取り付けられたボタンを探すが、なかなか見つからない。
「す、すいません……電気が……」
蚊の鳴くような声でケンイチが言うと、何事もなかったかのように部屋の明かりが灯った。
「もう我慢できない……」
ケンイチは頭を抱え半べそになると、ボタンを押した。
『どうした、ケンイチ・ゴールドスミス』
ややあって天井のスピーカーから男性職員の声がした。
「おかしいんです、私の部屋。その、電灯の調子が悪いのかも……」
ケンイチの訴えを聞いて職員が見にきたが、電灯に異常はなかった。それがますますケンイチを不安にした。こんなところにこれ以上いたらおかしくなってしまう。
無理だと諦めきっていたことを、やってみるしかないのかもしれない。
「レナさん」
次の日の朝、食堂でケンイチがレナの元に足早にやってきた。
「おはようケンイチ。どうしたの? なんだかそわそわしているみたいだけど」
ロールパンをつぶして小さくしていたレナが顔を上げた。
「あ、あの、私も何かお役に立てないかと……その、故郷が恋しくなったといいますか……」
「カンザスね。でもどうしちゃったの、急にやる気出しちゃって」
「『影』ですよ、ここにはきっと恐ろしい霊か何かがいるんです。こんな狭いところで、そんな恐ろしいものと一緒にいるなんて耐えられません」
ケンイチの持っているプレートがカタカタと震えている。
「影ねぇ。そういう噂って楽しそうだけどね」
「何もないよりは刺激的かもしれないわね」
「そんなぁ、アリシアさんまで……」
思わず涙ぐむケンイチ。
「冗談よ。あなたにできることがあれば是非協力してほしいわ」
レナが悪戯っぽく笑った、そのとき。
――パチン
食堂の電灯が、一斉に消えた。
「わあぁぁああぁぁ……っ!!」
ざわつきの中、ひときわ響くケンイチの悲鳴。
「落ち着いて、ただの停電だよ」
レナがケンイチをなだめていると、ぱぱぱ、と電灯が奥から順に復旧した。
「ねぇケンイチ、もう大丈夫だよ」
レナが掴んでいた手の主を見上げる。
「……気にいらねぇな」
「え?」
レナは自分の耳を疑った。
「コソコソしやがって、気にいらねぇんだよ!」
怒鳴っているのはケンイチだった。しかし、それがケンイチだとは信じられなかった。姿形、何も変わっていない。変わっているのは口調と、眼光の鋭さだけだ。
「女! テメェも看守様ならわかってんだろうが!」
ケンイチの視線の先には、杏柚が立っていた。あまりの怒声に杏柚はスカートの下に仕込んであるナイフを確かめる。
「調査中だ」
「ああ? テメェらがチンタラしてるうちに俺がこの場でぶっ潰してやるよ!」
ケンイチの周囲の椅子や机が宙に浮く。
「ケンイチ! 落ち着いて! ここで暴れたら拘束されるわよ!」
「ケンイチ? 俺はケンジだ、覚えとけ」
ケンイチ――ケンジがギラギラ光る目をレナに向けた。
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