食堂から自室へ向かう途中、トランスポートは薄暗い化粧室を眺めていた。噂ではこのあたりのエアダクトからある程度セキュリティーに見つかることなく奥へ進めるらしい。しかし、それらしいものが堂々と見えるようにあるはずもない。
不意に、天井の一部がボコンと外れて床に落ちた。
トランスポートはその四角い板を持ち上げてみる。見上げると、エアダクトの一部が見えた。これは偶然か? いや、何かの罠かもしれない。しかし悩んでいる暇はない。周囲に誰もいないことを確認すると、トランスポートは左手から食堂の椅子を出した。ナイトメア『3rd hand』。多少の制限はあるが、右手で触れたものを左手へと移動することができる。椅子は先の停電による混乱に乗じて右手から持ち出したものだ。
椅子を踏み台にすると、背の高い彼はひょいとエアダクトの中を見渡すことができた。狭いが、人一人は何とか通れるようだ。
確認が終わると板をはめ込み、椅子を右手で触れてその場から消す。
警報は鳴らないし、職員が来る様子もない。
トランスポートは何事もなかったかのようにその場から立ち去った。
「ねぇ、いるのはわかってるのよ」
ボブカットのブロンドが揺れる。バネットが薄暗い闇に向かって言葉を投げかけている。
「面白い能力ね。杏柚には荷が重いわ」
『……』
「あなたは自分の意思でここにきた。でもそれすら『箱』の想定内の出来事。テストは始まった。あなたは被験者たちの味方をするのね?」
闇の答えを待たずにバネットは去った。無論、闇も答える気などなかったが。
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