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遠吠えは届かない
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 ――アルバート・ディラックの本音

「どうだバネット、脱走を企てている者達の様子は」
「娯楽室を拠点に相談を進めているようです。詳細を報告しますか?」
壮年の男――所長、アルバート・ディラック――の言葉に間をおくことなく答えるバネット。彼女はこの男の『娘』である。
「その必要はない、すべてお前に任せる。私にはお前たちのような特別な能力はないのだからな‥‥虚勢を張ってみても、所詮ただの人間、一人の研究者にすぎん」
ディラックの言葉に、ピクリとバネットの眉が動く。しかしディラックはそれに気付く様子もない。
「最終段階まで進むと見て、傭兵を百人ほど雇っておいた。銃は持たせるが全員ただの人間だ。能力者なら戦闘タイプの人間でなくとも何とかやるだろう。そうでなくては私の傭兵王国の要にはならん、ただの能力者だ。いつもどおり全員抹殺するか記憶を改竄してまたこの施設に放り込んでおくだけだ」
革張りの椅子を軋ませて、ディラックは足を組んだ。
「だが‥‥、今回の能力者たちはなかなかみどころがありそうじゃないか。最終段階を乗り越えたものを捕らえるために賞金稼ぎの連中とも契約を交わしておいたぞ。楽しみだな」
ディラックはニヤリと笑うと、葉巻に火をつけた。
バネットはそうですね、では失礼しますとだけ言うと、所長室を後にした。

所長室を出た廊下でバネットはバネットとすれ違った。
「あの人の話、聞いた?」
廊下の反対側から来たバネットが言った。
「くだらない話でした」
部屋から出てきたばかりのバネットが答えた。
そして二人のバネットは、何事もなかったかのように別の方向に歩いていった。

同時刻、自室にいた月見 鏡は深い溜息をついた。
一人のバネットは彼の能力、『リビルディング』により造られたものだったからだ。どちらが彼の創造物だったのかは、言うまでもないだろう。
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