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遠吠えは届かない
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 トランスポートは洗面所にいた。そこで右手のグローブを外し、闇に掲げて語りかけた。
「この施設は何のためにあるか? この施設は最強のアノニマ部隊を編成するためにある。ここからの脱出は仲間との連携をフルに使わないとまず無理だ。放っておくだけで、最強の部隊が勝手にできる、失敗作は処分すればいい。実に合理的。だから金髪のガキが大暴れしようが、看守の目の前で俺たちが堂々と脱走を企てようが、施設内で堂々とナイトメアを使おうが黙認している。必要なのはここから脱出できる部隊か否かだ」
当然のように闇からの返事はない。しかしトランスポートは続ける。
「俺は今から、この右手を『あほう』みたいに振り回し、そのあと仲間のいる明るい娯楽室へ行き、そこのテーブルで左手を付こうと思う。この意味がわかるな? 傍観は許さん。が、お前にも立場があるだろう。ここの看守たちもお前の存在や能力は未知のようだからな。声や姿は出さなくていい、協力するという何らかの意思表示をしろ。やつらのふざけたシーケンスをぶっ壊すにはお前のような不確定な要素が必要なんだ」
トランスポートの声が虚しくこだまして、しばらくして天井から一枚の紙切れが降ってきた。
『闇はただ傍観するのみ』
トランスポートは荒く舌打ちした。誰かの手のひらの上で踊らされているような不快感。
「お前は色々と知っているようだな?」
聞き覚えのある女性の声に振り返ると、杏柚が一人廊下に立っていた。
杏柚の『ダウンロード』にトランスポートは気付かない。
「私はどうするべきか‥‥参ったな」
「参った? こっちからすればそんな悠長なことを言っている状況じゃないんだがな。しかしその反応、俺が言ったことはあながち俺の空想や妄想じゃないってことか」
ニヤリ、とトランスポートが笑う。
「闇を運んだとしてもそれは闇。あらゆる闇に溶けて逃げられてしまうだけだ。せめて『人間』に戻してからでないとな」
物々しい空気を嫌うように、杏柚はトランスポートの横を通り過ぎていった。

闇は噂の発生した場所である洗面所を離れた。
ここはすでに危険な場所になりつつある。
自分は安全な場所から『スパイス』を与えてやろうではないか。
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