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遠吠えは届かない
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a0027_001646.jpg 明染 希(アケソメ・ノゾミ)は自室でハンカチに飾り縫いをしていた。食堂で会ったアリシアという金髪をおさげにした少女に頼まれたものだ。自分と同じ年頃の少女に、希は親近感を抱いた。
 そもそも針の所持は他の収容者には認められていないのだが、希の能力が戦闘向きでないことや彼女の性格の穏やかさから少しの裁縫道具を持つことを許可されているのだった。
 すっかり手慣れた様子でハンカチに飾り縫いを施していくが、彼女は本来手先でするような細かいことが苦手である。不器用なことは自分でも自覚していたが、よくわからないままいつからか閉じ込められていたこの施設では、何かをしていないと不安になった。
 何かに集中している間は不安さを忘れられる。だから希は、あえて自分が苦手とする裁縫をやろうと思い立った。
 何も考えなくてもできるような得意なことでは、不安を思い出してしまうから。
 そういえば彼女がコルクボードを使って布を集め始めてから、ときどき何枚もまとめて布切れをボードに貼り付けてくれる人がいる。名前も書いていないし、何を作って欲しいということもわからないが、その布をきれいな正方形のハンカチにしてコルクボードに貼っておくと、その誰かが持って行ってくれる。希にとってそれはちょっとした楽しみになっていた。次はブックカバーにでも挑戦してみようかな。
「また匿名さんからの布だ」
 希は外の世界から入ってくる色々な柄の布を丁寧にベッドに並べていった。すると、布の束から小さな紙切れが零れ落ちた。紙切れを拾い上げ、広げてみるとハンカチの例が書いてあった。こんなことは初めてだ。名前はないが、紙切れの端にツバメのスタンプが押してある。
「ツバメさん?」
 さらに、厚紙に挟まれて刺繍針と糸が忍ばせてあった。
「刺繍かぁ……」
 自分が持っている裁縫針より太くて頑丈な刺繍針と、紺色の刺繍糸。
「このツバメを刺繍できたら、きっとかわいいだろうな」
 希は嬉しそうに裁縫箱に針と糸をしまった。
 なぜそんなものが自分の元に送られてきたのか、希は疑うこともしなかった。特殊な能力があること以外、か弱く穏やかな少女である希にとって針と糸がさして物騒なものだとは思えなかった。
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第1回リアクションを縦書き文庫に掲載しました。
ブラウザだけで縦書きの文章が読めます。
よろしければご覧ください。

http://tategakibunko.mydns.jp/novel/11665

*施設内で何も無いはずの暗闇に人影を見たという噂が広がっている
*施設のどこかに脱走しようとした者が残した痕跡が残っているらしい
*個室から何らかの必要があり職員を呼ぶ場合はドアに取り付けられたボタンを押すこと
*具合が悪い者、怪我をした者は速やかに医務室へ
*問題行動が多い者は必要に応じて拘束する

*希望者に娯楽室を開放する予定(ただし能力により希望が叶わないこともある)
*強大なナイトメアを持ったものや、問題行動の目立つ者は特別室に隔離されているようだ
*過度のストレスや不安に悩む者はカウンセリングを受けること
*職員は300~500人ほどいるらしい
*収容されている能力者は約200人
 

「はぁ……」
 コルクボードを眺めながらため息をついている少女は明染 希(アケソメ・ノゾミ)。どこにでもいそうなごく普通の少女。
 もちろん彼女も能力を秘めているためここに収監されているわけだが、彼女の能力はさして乱暴なものでもなく、戦争に役に立つものでもなかった。それなのにこんなところに閉じ込められている。
 彼女がため息をついた理由は、レナの張り紙にあった。トランスポートがそれを持ち去る前、彼女はそれを見ていた。レナという子と話せる話題を持っていたらよかったのに。
『余っている布 引き取ります ※一部ハンカチ等にしてお返しできます 明染 希』
 彼女はいつものようにメモと自分が作ったハンカチをコルクボードに貼り付けた。
 ここから出れば、昔の友人にも会えるし、ハンカチだけじゃなく洋服を作る勉強もできるかな。
 そんなことを考えながら、彼女はコルクボードの前を去っていった。
 その足元が、ほんの少し地面から浮いている。文字通り、浮いている。
「あ……」
 強化ガラスの窓の向こうに、ツバメが飛んでいくのが見えた。
「私も、あんなふうに自由になれたらな……」
 小さな窓からしばらく外を眺めて、そしてまた希は自分の部屋へと戻っていった。


「よっと」
 ツバメはくるりと空を回ると、人の姿になって地上に降りた。
「人遣いが粗いが、まぁこれで食べてるんだから仕方ないか」
 彼女――ツバメは、小さな荷物を持って施設のドアの横にある機械にIDカードをかざした。
 しばらくして、扉が開く。
 配達の後は食堂で一服。能力を使った後はエネルギー補給が欠かせない。今は収容者たちの食事の時間ではないので、彼らと顔を合わせることも無くゆっくりできる。
 食事を済ませるといつものようにコルクボードを見て回る。すると、いつものように小さな布が貼り付けてある。
 まだ集めているのか、と、ツバメはポケットから端切れ類を取り出して押しピンでそこにまとめて貼り付けておいてやった。

 ツバメは施設の職員ではなく、『配達員』として外部から雇われているだけなので自由に立ち入れる部屋はほとんどない。それでも暇つぶしと興味ついでに色々見て回る癖がついていた。
 そういえば、この施設で不思議なことが起こると聞いたことがある。なんでも、何も無い闇から人影が現れたり、物音がしたり、後ろから髪を引っ張られたり……
 怖くは無いが不気味だな、と思いながら化粧室の前を通りかかると、パチパチと音がして部屋の電気が消えた。
 ツバメは闇をじっと見つめた。
 そこには何かがいた。
 何がいるのかはわからないが、確かに何かがいたのだ。
 再び明かりが灯ると、何も無かったかのように……何も無かった。
 疲れているのだろうか。ツバメは栄養ドリンクを休憩室の自販機で買おうと、足早にその場を後にした。


「大体のものは、見せて貰った。面白いことが起こりそうだな」
 クスクスと『闇』が笑った。
 闇はどこにでもある。廊下でも、個人の部屋でも、少女が脱出をたくらんでいる食堂にも。
 

「何もかも不愉快だ」
 男――トランスポートは、イラついていた。
 何者かに操作された記憶、そしてこの退屈な施設。なぜ自分がこんなところにいなければいけないのか、なぜ俺がこんなことに――いや、考えても仕方がないことは彼もわかっていた。
 そんな彼が普段なら特に気にもしないコルクボードに目をやったのは、偶然ではないのかもしれない。
「面白い話?」
 具体的な意味を成さないメモ。その中にトランスポートは何かを感じた。彼はメモをコルクボードから剥ぎ取ると、昼食のプレートを持ってツカツカと歩き出した。レナ、髪の長い少女だ。このどうしようもない刑務所と病院を足して割ったような退屈な施設で、二人の少女が談笑している光景はやや浮いているものがあった。そのせいで彼の記憶にとどまることになったのだろう。

「よう。張り紙見たぜ。俺の名前はトランスポート。あんたもここから出たいんだろう?」
 ガタン、と目の前の席に座るなりそう話し始めた背の高い男に、さすがのレナも一瞬キョトンとした。
「ま、まぁね。まぁ、そうね」
「歯切れが悪いな」
 トランスポートが話し相手を間違ったか、と苦い顔をすると、長い髪の少女はちょいちょいと食堂の隅を指さした。
「あのロングスカートの女の人」
「職員だな」
「ナイトメアが使えるらしいから、要注意なの」
「そいつは厄介なことだ」
 右手のグローブを忌々しげに眺めるトランスポート。ナイトメアか、やはり使えるものが職員の中にもいるのか……まあそうでなければ張り合いがない。
「あんたはレナで間違いないんだな?」
 トランスポートはメモを見せる。レナの字だ。
「間違いないよ。それでこっちのおさげの子はアリシアね。あー、それ取ってきちゃったの?」
「もう何人か集まっているだろう。大勢で行動するのは勧められないからな」
 トランスポートは今まで彼女に接触を試みた人間たちを見ていたようだ。中にはまったく意を解していないように見えたものもいたが、黒いワンピースの少女のようにやる気満々の者もいた。このあたりでいいだろう。彼はそう判断した。
「俺のナイトメアを説明する。『3rd Hand』。右手で触れたものを左手に瞬時に移動させられる」
 本当に手短に、必要最低限の言葉だけで彼は能力の説明をした。
「どうだ、使えそうか?」
 はじめはなんだか怖そうだと思っていたトランスポートが初めて微笑んだ。
 レナは、もちろん、と頷いた。
 

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