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遠吠えは届かない
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 ――アルバート・ディラックの本音

「どうだバネット、脱走を企てている者達の様子は」
「娯楽室を拠点に相談を進めているようです。詳細を報告しますか?」
壮年の男――所長、アルバート・ディラック――の言葉に間をおくことなく答えるバネット。彼女はこの男の『娘』である。
「その必要はない、すべてお前に任せる。私にはお前たちのような特別な能力はないのだからな‥‥虚勢を張ってみても、所詮ただの人間、一人の研究者にすぎん」
ディラックの言葉に、ピクリとバネットの眉が動く。しかしディラックはそれに気付く様子もない。
「最終段階まで進むと見て、傭兵を百人ほど雇っておいた。銃は持たせるが全員ただの人間だ。能力者なら戦闘タイプの人間でなくとも何とかやるだろう。そうでなくては私の傭兵王国の要にはならん、ただの能力者だ。いつもどおり全員抹殺するか記憶を改竄してまたこの施設に放り込んでおくだけだ」
革張りの椅子を軋ませて、ディラックは足を組んだ。
「だが‥‥、今回の能力者たちはなかなかみどころがありそうじゃないか。最終段階を乗り越えたものを捕らえるために賞金稼ぎの連中とも契約を交わしておいたぞ。楽しみだな」
ディラックはニヤリと笑うと、葉巻に火をつけた。
バネットはそうですね、では失礼しますとだけ言うと、所長室を後にした。

所長室を出た廊下でバネットはバネットとすれ違った。
「あの人の話、聞いた?」
廊下の反対側から来たバネットが言った。
「くだらない話でした」
部屋から出てきたばかりのバネットが答えた。
そして二人のバネットは、何事もなかったかのように別の方向に歩いていった。

同時刻、自室にいた月見 鏡は深い溜息をついた。
一人のバネットは彼の能力、『リビルディング』により造られたものだったからだ。どちらが彼の創造物だったのかは、言うまでもないだろう。
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 ――ケンイチ・ゴールドスミスの秘密

ケンイチ・ゴールドスミスは、自室で一人、ベッドの上に寝転がっていた。
自分を強く持とうとしていたのに、やっぱりケンジが出てきてしまった。やるせない気持ちでいっぱいだった。
マットレスの埃っぽいにおいが鼻につく。
そういえば、布団やシーツは洗濯しているけれど、マットレスはあまり干していない。ここではきれいなマットレスで眠ることもできなかったのか‥‥
ケンイチはベッドから勢いをつけて起き上がった。くよくよしていたって仕方ないじゃないか。
彼らしくきれいにたたまれた掛け布団とシーツをベッドから下ろし、マットレスを持ち上げた。部屋の中でも、壁に立てかけておけば少しは違うだろう。そんなわけで彼は行動したのだが‥‥
「!」
マットレスの下、金網とばねで作られたベッドの一部に小さな籠のような箱がぴったりとくっついている。だれかがその箱を入れるために改造したとしか思えなかった。
なんとなく嫌な予感はしていたが、彼は思い切ってその箱を開けてみた。
ケンイチは息を飲んだ。無骨な鋼の塊が、いくつかに分解されて新聞紙にくるまれていた。かつて射撃の訓練をしていた記憶のあるケンイチには、それが拳銃だとすぐにわかった。
何も見なかったようなそぶりで、しかし内心めまいにも似た緊張に襲われながら、ケンイチはそっと近くにある本に手を伸ばした。
ハードカバーの『さらば愛しき女よ』――バネットが彼のために持ってきてくれた本だった――それの下に新聞紙ごとバラけた銃を隠し持ち、部屋の隅で靴の手入れでもするかのように静かに組み立てた。
彼も施設に収容される前はこのような銃を扱っていた。グロック35、小型の競技用モデルだった。そこに予備の弾倉が二つ。上出来だ。いや、できすぎだ。どうしてこんなものが自分の部屋に? 誰かに、仕組まれているのだろうか‥‥そうだとしても武器は捨てがたい。みんなの足を引っ張りたくない。これがあれば、力になれる‥‥かもしれない。
これは、自分だけの秘密にしておこう。もし見つかっても、自分が責められるだけで済むならそのほうがいい。
ケンイチは読み終わったばかりの本をくり抜き、そこに拳銃を隠した。
 ――呉 杏柚の場合

「意識を持って動くということはそれは本当の闇ではない。それは『誰か』なんだろう」
嵐の夜、施設の外。暴風にバタバタと長いスカートを翻しながら、呉 杏柚(くれ・あんゆ)は静かに、しかし青く燃える殺気をまとってたたずんでいた。
彼女には彼女の果たすべき役割がある。『闇』と呼ばれる存在の始末だ。
今や彼女の精神は闇の中に入り込んでいる。肉体は意味を持たず、精神が直接ぶつかり合う戦い。実体のない闇でも、精神がある限りこの戦いは有効になる。
「精神を内側から破壊する、クラッキング‥‥」
彼女の肉体が目を閉じた。

そこは嵐の夜ではなく、延々と続く荒野だった。日照り気味の土地に真上から太陽が差し込み、時折吹く砂を巻き上げる風にスカートがたなびいた。
杏柚の正面には、やたらと背の高い、黒衣の男が立っていた。精神の世界というまったく予想しない形で、自分の姿を暴かれてしまった『闇』だった。
「はじめようか」
杏柚が広げた両腕の周りに、ずらりとスローイング・ナイフが並んだ。精神を破壊するイメージの力の具現化だ。

精神力はほぼ互角‥‥しかし、杏柚には『アクセラ』という五感と精神を研ぎ澄ませる武器があった。ここで闇が廃人になろうと、死んでしまおうと彼女には関係のないことだった。勝って、自分に与えられた仕事を全うすることがまず第一。

しかし彼女は知っていただろうか、アクセラは彼女に力を与えつつ、少しずつ、しかし確実に彼女の体と精神を蝕んでいることに。与えられる力が大きいほど、その反動も大きくなる。
 ――闇の場合

闇はそこにはいなかった。
すでに噂が大きくなりすぎてしまった洗面所。『影』、『闇』、恐怖を感じさせる呼び名が付いた。
都市伝説が生まれやすい場所でもあったが、闇はそこを嫌った。
闇には意思があった。意思がある時点で、それは闇ではなかったのかもしれない。
彼、仮に闇を『彼』と呼ぶことにする。彼はなぜか執拗なまでに自然災害を探し、それを収容所にぶつけることを画策した。
しかし収容所は多くの能力者を閉じ込めている施設である。施設にいるのはおとなしい能力者ばかりではない。彼らが出られないのには理由がある。その一つが、建物自体の強度である。
次に彼はディラックという男について調べた。
しかしディラックの情報は、情報の海に浮かんでは来なかった。出てくるのはいらない経歴ばかり。普通の大学を出て、『アンノウン』と『ナイトメア』の関係を研究を始める。そして独立し、自分の研究施設、通称『ディラックの箱』を作る。以後の情報は不明。ディラックは外部の人間との接触を嫌っているのか、研究施設からほとんど出ることはなかったようだ。『箱』もありふれた研究施設の一つとされている。外部の人間は、ここに能力者たちが監禁されているなど知る由もなかった。

もちろん、ディラックが賞金首であることを闇は知ることができなかった。彼は賞金稼ぎではない。そして、厳重に管理された賞金首の情報にアクセスすることは敵わなかった。名の知れるハッカーたちですら、賞金首、それもSランクのものにアクセスすることは難しい。賞金とその首を管理する側もプロである。


「嵐の夜は好きではない、うるさくてかなわんからな」
闇の精神に女性の声が割り込んできた。
こちらは『第3回リアクション』の縦書き文庫版になります。(内容は同じです)
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