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遠吠えは届かない
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a0011_000322.jpg「最近あまり眠れないのですが」
 月見 鏡は医務室の椅子に腰掛け、バネットと話をしていた。能力者といえども人間、悩みやストレスを抱える者も多い。ここでは怪我や病気の治療のほか、カウンセリングも行っている。
「何か悩んでいることがあるのかしら?」
 バネットは小首をかしげて鏡を見つめる。
「ええ……ここの環境はあまりいいとは言えませんし、毎日同じものばかり見ているとどうも気が沈んでしまって」
「そうね」
 鏡の作り話――完全に作り話というわけではないが――を聞きながら、バネットは彼に紅茶をすすめた。
 バネットは鏡の作戦にぴったりの人物に思えた。線の細い女性で、危険を侵さずにそれなりに入り込める場所も多そうだ。彼女の『分身』を作り、自分と意識を共有させて動かせれば……
「大胆な作戦ね、そのためにここにきたのかしら」
 バネットの声で鏡は我に返った。
 声に出していないはずの思考が、読み取られたのか? 彼女がそういう能力を持っている可能性は十分ある。しかしそれと分身が作れるかどうかは別の話。
「テストは始まったわ。私のコピーを作ってもいいわよ?」
「罠、ですか」
「テストよ」
 バネットは涼しく笑った。
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 食堂から自室へ向かう途中、トランスポートは薄暗い化粧室を眺めていた。噂ではこのあたりのエアダクトからある程度セキュリティーに見つかることなく奥へ進めるらしい。しかし、それらしいものが堂々と見えるようにあるはずもない。
 不意に、天井の一部がボコンと外れて床に落ちた。
 トランスポートはその四角い板を持ち上げてみる。見上げると、エアダクトの一部が見えた。これは偶然か? いや、何かの罠かもしれない。しかし悩んでいる暇はない。周囲に誰もいないことを確認すると、トランスポートは左手から食堂の椅子を出した。ナイトメア『3rd hand』。多少の制限はあるが、右手で触れたものを左手へと移動することができる。椅子は先の停電による混乱に乗じて右手から持ち出したものだ。
 椅子を踏み台にすると、背の高い彼はひょいとエアダクトの中を見渡すことができた。狭いが、人一人は何とか通れるようだ。
 確認が終わると板をはめ込み、椅子を右手で触れてその場から消す。
 警報は鳴らないし、職員が来る様子もない。
 トランスポートは何事もなかったかのようにその場から立ち去った。
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「ねぇ、いるのはわかってるのよ」
 ボブカットのブロンドが揺れる。バネットが薄暗い闇に向かって言葉を投げかけている。
「面白い能力ね。杏柚には荷が重いわ」
『……』
「あなたは自分の意思でここにきた。でもそれすら『箱』の想定内の出来事。テストは始まった。あなたは被験者たちの味方をするのね?」
 闇の答えを待たずにバネットは去った。無論、闇も答える気などなかったが。
 

 目が覚めると、知らない部屋にいた。高くて白い天井。自分の部屋によく似ているけれど、それよりずっと広いみたいだ。
「気がついた?」
 ベッドに横たわるケンイチの顔を覗き込む、金髪をボブカットにした女性。いや、眼鏡をかけているせいで大人びて見えるが、その奥の瞳はまだ幼さを残す少女のようだ。
「あの、私は一体……?」
 ケンイチは目をぱちくりとさせている。状況がうまく把握できていないようだ。
 ケンイチは過度のストレスでケンジという人格と入れ替わり、食堂で念動力を使って暴れだした。職員が彼を押さえつけ、鎮静剤を打たれたケンイチは医務室まで運ばれてきたのだ。
「大分暴れたみたい。少し見せてもらったけど、ストレスに弱いみたいね」
 女性の言葉を聞いてケンイチはうなだれた。そういえばそんなことが度々あったらしいが、そのときの記憶が自分にはまったく残っていない。『ケンジ』が出てこない限りナイトメアも使えない。それなのに自分はこんなところに閉じ込められて……理不尽な扱いにケンイチは深く落ち込んだ。
「私は、隔離房に入れられるんでしょうか。『ケンジ』はとても暴力的な性格なので、もしまた暴れるようなことがあれば皆さんを傷付けます……」
 弱弱しくケンイチが言った。
「大丈夫よ、隔離房に閉じ込めたりしたらますますあなたにストレスがかかるでしょ? そうなったらあなたは常にケンジに支配されてしまうかもしれない。それに、ストレス解消のために娯楽室が開放されるのよ。あなたも行ってみればいいわ」
「あの、あなたは?」
「私はバネット。ここで医者みたいなことをしているの。あなたたちのカウンセリングも担当しているからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
 ベッドに座っていつものように身を縮ませるケンイチに、バネットと名乗った女性は温かい紅茶を差し出した。
「闇が怖いのね?」
「はい、でもただの闇じゃないんです」
「知ってるわ。こっちでも対策をしているから、心配しないで」
 バネットのブロンドが窓ガラス越しの光を浴びてキラキラ光っている。ケンイチはなぜか彼女に既視感を覚えた。

 バチバチ…‥チチッ
 小さな破裂音がして、部屋の電灯がちらついたかと思うとそのまま消えてしまった。もう何度目だろう? ケンイチ・ゴールドスミスの部屋で起こっている怪異。
「ま、まだ消灯時間じゃないのに……」
 ケンイチは震える手で本を置くと、壁を頼りに手探りでドアまで歩いていった。ドアに取り付けられたボタンを探すが、なかなか見つからない。
「す、すいません……電気が……」
 蚊の鳴くような声でケンイチが言うと、何事もなかったかのように部屋の明かりが灯った。
「もう我慢できない……」
 ケンイチは頭を抱え半べそになると、ボタンを押した。
『どうした、ケンイチ・ゴールドスミス』
 ややあって天井のスピーカーから男性職員の声がした。
「おかしいんです、私の部屋。その、電灯の調子が悪いのかも……」
 ケンイチの訴えを聞いて職員が見にきたが、電灯に異常はなかった。それがますますケンイチを不安にした。こんなところにこれ以上いたらおかしくなってしまう。
 無理だと諦めきっていたことを、やってみるしかないのかもしれない。

a0001_010549.jpg「レナさん」
 次の日の朝、食堂でケンイチがレナの元に足早にやってきた。
「おはようケンイチ。どうしたの? なんだかそわそわしているみたいだけど」
 ロールパンをつぶして小さくしていたレナが顔を上げた。
「あ、あの、私も何かお役に立てないかと……その、故郷が恋しくなったといいますか……」
「カンザスね。でもどうしちゃったの、急にやる気出しちゃって」
「『影』ですよ、ここにはきっと恐ろしい霊か何かがいるんです。こんな狭いところで、そんな恐ろしいものと一緒にいるなんて耐えられません」
 ケンイチの持っているプレートがカタカタと震えている。
「影ねぇ。そういう噂って楽しそうだけどね」
「何もないよりは刺激的かもしれないわね」
「そんなぁ、アリシアさんまで……」
 思わず涙ぐむケンイチ。
「冗談よ。あなたにできることがあれば是非協力してほしいわ」
 レナが悪戯っぽく笑った、そのとき。
 ――パチン
 食堂の電灯が、一斉に消えた。
「わあぁぁああぁぁ……っ!!」
 ざわつきの中、ひときわ響くケンイチの悲鳴。
「落ち着いて、ただの停電だよ」
 レナがケンイチをなだめていると、ぱぱぱ、と電灯が奥から順に復旧した。
「ねぇケンイチ、もう大丈夫だよ」
 レナが掴んでいた手の主を見上げる。
「……気にいらねぇな」
「え?」
 レナは自分の耳を疑った。
「コソコソしやがって、気にいらねぇんだよ!」
 怒鳴っているのはケンイチだった。しかし、それがケンイチだとは信じられなかった。姿形、何も変わっていない。変わっているのは口調と、眼光の鋭さだけだ。
「女! テメェも看守様ならわかってんだろうが!」
 ケンイチの視線の先には、杏柚が立っていた。あまりの怒声に杏柚はスカートの下に仕込んであるナイフを確かめる。
「調査中だ」
「ああ? テメェらがチンタラしてるうちに俺がこの場でぶっ潰してやるよ!」
 ケンイチの周囲の椅子や机が宙に浮く。
「ケンイチ! 落ち着いて! ここで暴れたら拘束されるわよ!」
「ケンイチ? 俺はケンジだ、覚えとけ」
 ケンイチ――ケンジがギラギラ光る目をレナに向けた。

a0002_003094.jpg 呉 杏柚(クレ・アンユ)は珍しく所長室に呼び出されていた。所長とはもちろんこの収容所の所長であり、職員といえどもおいそれとお目にかかれる存在ではない。職員が所長に呼び出されるのは、不手際を起こしてしまった場合か特別な任務が与えられるときだけだ。何も自分が失態を演じた覚えはないが、それでも杏柚は緊張を隠せずにいた。それだけの威圧感が所長にはあった。
「急に呼び出してしまってすまないな、呉くん」
 黒い革張りの椅子を軋ませて足を組みかえる壮年の男、彼の名はアルバート・ディラック。アノニマ収容施設の所長である。彼の名をとってこの収容施設は『ディラックの箱』と呼ばれている。
「実は、君に調査してもらいたいことがある」
「私にですか?」
「そうだ。君は『影』の噂を知っているか?」
「噂は耳にしています」
「噂の真相を明らかにしてほしい。何もなければそれでいい。しかし『影』は存在する。病院やこのような施設の類によくある怪談話ではないのだよ」
 ディラックが机に薄いファイルを置いた。そこには『影』の目撃談が詳細に記されている。
「ナイトメアに関わる存在でしょうか」
「おそらくそうだろう。実に興味深い能力だ」
「ええ……」
 ディラックの差し出した書類を、杏柚はおそるおそる受け取った。この男にはすべてにおいて敵わない、そんな息苦しさを感じる。
「捕獲して私の前に引きずり出せ。手段は君に任せる。生きていればかまわん」
 ディラックの目がギラギラと光っているように見えた。
 部屋を出た杏柚は足早に休憩室に向かった。コーヒーサーバーに触れる手が震えている。あの男は苦手だ、すべてを見透かされているような気がする。

「『影』よ、出すぎた真似はするな。お前も私の箱の中で生まれた混沌にすぎん」
 部屋の一角にできた影を見つめながら独り言のようにつぶやくディラックに、表情はなかった。
 

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