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遠吠えは届かない
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a0006_001735.jpg 梨野 五平(ナシノ・ゴヘイ)はツバメと同じく外部から施設に物資の供給などをしている男だ。
 腕章などがなければ彼を認識して他人と識別することは難しい。それが彼のナイトメア『Ainsel』。実際のところ五平というのが本名なのかどうかすら怪しい。
 今日、彼は同僚のツバメと共に菓子類の買出しから戻ってきて、噂になっている『影』を探していた。
 どうも化粧室に影が現れるという話が多いらしい。五平も今その化粧室の付近にいる。
「トイレといえば花子さんですが……」
 化粧室、つまり簡単に言えば女子トイレなのだが、日本では特に怪談の多い場所だ。なにやら噂があってもおかしくはない。
 やはり噂は噂か、と五平がそこを離れようとしたとき、ザーッと水の音が聞こえた。洗面所の蛇口が一斉に開いたのだ。あり得ない。しかしこのままにもできない。五平は洗面所の蛇口をすべて閉めた。
(「何かいる……だけどそれが感じられない、存在が『闇』だ……」)
 いる。だけどいない。自分と似ている気もするが、そうではない。
 ふと、ナイトメアならすべて説明できるな、と彼は直感した。興味深いが自分には仕事がある。後ろ髪を引かれる思いで、五平はその場を後にした。


a0003_000167.jpg「影はどうだった? 何かいたか?」
 少しからかうようにツバメが五平に聞いた。
「いましたよ」
 五平の答えにツバメが目を丸くする。意外だったようだ。
「放っておいていいのか?」
「私たちには私たちの仕事がありますから」
「仕事ねぇ……」
 積み上げられた菓子の山を見ながらツバメがため息をついた。
「そちらはどうでしたか」
「受け取ってもらえた」
 ツバメは、空を飛ぶ燕の姿が刺繍されたハンカチを五平に見せた。
「ま、どうなるかはわからんがな」
 ツバメはハンカチをポケットにしまうと、自販機で買った栄養ドリンクを一気に飲み干した。
「こんにちは」
 聞きなれない声に、ツバメと五平が振り返る。
 声の主は、バネットだ。ふんわりしたワンピースの上に白衣を軽く羽織っている。
「私はバネット。あなたたちに話があるの」
「話?」
 どうせろくなことじゃないんだろう、とでも言いたげな表情でツバメが返す。
「テストが始まったの、だからあなたたちにも協力してほしいの。報酬は悪くないわ。そのかわり命の保障はなしよ」
 涼しげな顔でバネットが言う。
「試験官でもしろってのか」
「脱走を手伝うか、阻むか」
「なんだそりゃ」
 ツバメが五平のほうを見るが、五平もわけがわからないと言いたげに肩をすくめた。
「テストなのよ」
 バネットが微笑んだ。

 ヘルツの部屋にはごみが散乱していた。
 個人によって部屋の構造や備品に差があるが、ヘルツの部屋は変わっている部類だった。
 ヘルツが入る前からよれよれの服や古い本が散乱していたが、ヘルツが来てからさらに古いものが詰みあがっていった。それでもヘルツは気にしなかったし、むしろ居心地がいいくらいだった。
 レナが言っていた『面白いこと』が脱出することだということはヘルツも知っていた。さりげなくメモを交換することで、レナが本気であることを確証した。ヘルツもそれに賛同し、協力することを約束した。
 外の世界へ行けばいつでも新鮮な血が確保できる。ヘルツの目的はそれだ。
 何か手がかりはないかと以前この部屋の住人が残したであろう物を手当たり次第探していくうちに、ヘルツは壁に穴が開いていることに気がついた。それは薄い板と布で隠されていた。
 ひょろ長い体を穴に入れ中を進んでいったが、残念なことに穴は外まではつながっていなかった。代わりに見つけたものは、白骨死体。以前この部屋にいた人間か? いや、それならばこの施設の職員が見逃すとは思えない。ではなぜこんなところに穴があり、死体のようなものがあるのか? 罠? 何のために? いいだろう、罠だろうが何だろうが使えるものは使ってしまえ。
 ヘルツはひとまず穴をふさぐと、古くなった服をかき集めた。たしかコルクボードで、布を集めて裁縫をしている人間がいたはずだ。日差しを遮る簡単なコートくらい作れるだろう。
 賭けの要素は大きいが、ヘルツの中である計画が練りあがっていった。 

 ヘルツの部屋のブザーが鳴った。
 中に入った職員が見たものは、白骨化した死体だった。
 自称吸血鬼――その思い込みの力で、もしくはナイトメアの力でこうなってしまったのか?
 カーテンが外され、光が差し込む部屋で職員は立ち尽くしていた。頭上を通り過ぎていく小さなこうもりに気付くこともなく。


「きれいなお姉さん、娯楽室でお茶でもどうです?」
 杏柚はそれが自分にかけられた言葉だと気付かなかった。
「俺がここに来たのはあなたに会う運命だったのかなーなんて」
 左目に眼帯と根元から黒くなってきている髪が特徴的な、アジア系の男が杏柚を口説いている。
「まさか私のことを言っているのではないだろうな」
「あなたのことですよ!」
 男は壁に手を付け、杏柚の顔を覗き込んで笑った。
「君が小黒(シャオヘイ)か、ここでは軽率な行動は慎むべきだ。与えられた娯楽すら取り上げられても私は知らないぞ」
 杏柚は顔色一つ変えずに言った。
「マジっスかー……あの、じゃあここを出て自由になるにはどうすればいいのかな?」
「そういうことを口にするなと言っているんだ。私には君の問題行動を上に報告する義務がある」
 押しても引いても杏柚は動かず。しかし小黒も一筋縄ではいかない男だ。
「んじゃ脱出計画でもねらねーとなぁ、愛の逃避行ってやつ」
 一人そんなことをつぶやいていると、肩にトンと感触があった。小黒が首を傾けて見ると、白い手が肩に乗っていた。
「だめよ、そういうことは。これまでにここを逃げ出そうとした人間がどうなったか知らないのね」
 バネットだ。
「お嬢さん、お名前は? 俺は小黒。寝込みを襲われて気付いたらここにいました!」
 小黒の顔がパッと輝いた。くるりと身を翻すと、両手でバネットの手を取る。
「私はバネット。あなたのことなら色々知ってるわよ、ここではナイトメアも隠せないの」
 ナイトメアも隠せない? つまり収容者すべてのナイトメアは完全に把握されているということか? 小黒の顔に一瞬怪訝な色が浮かんだ。
「それってつまり、どういうことです?」
「全部知ってるっていうこと。あなたたちは私たちの箱にいるんだもの」
「ゴキブリホイホイに入ったゴキブリみたいに言わないでくださいよ~」
 小黒はバネットの手をそっと放し、一歩後ろに下がった。なーんか嫌な予感がする。
「ここを脱走しようとしたらどうなるか、もし知りたいなら自分でやってみるといいわ。死ぬほど後悔したいならね」
 バネットの笑顔が不気味にゆがんだ。
 

「ここだと思うよ、鏡が言ってた抜け道があるのは」
 薄暗い闇に包まれた化粧室の前で、レナがつぶやいた。
 テローネは手を差し出し、床にポタポタと血を落とした。
「さあ、生まれなさいの。醜い醜い私の坊やたち」
 ナイトメア『血母神の血肉―マグナ・マーテル』。テローネの血は異形のトカゲに姿を変えた。
「他にも目立たないように血を散らせてありますの。夜に小さなトカゲに変えて、情報を集めますの」
「トカゲが見たものはテローネにもわかるの?」
「全部わかりますの」
 先ほど娯楽室で見せたような、怯えたような表情はまったく残っていなかった。血が出ていても、同じ年頃の子供のように泣きわめいたりはしない。
「じゃあ、早く医務室に行こう。痛いでしょう」
 レナはハンカチでテローネの指をきつく巻いて、医務室へ向かった。

 トカゲは壁を登り、天井を探り始めた。闇から見えない手が伸びて天井のタイルを一枚剥がし、中にトカゲを導いた。


「やあこんにちは。怪我かい?」
 医務室の回転椅子に腰掛けていたのは、背の高い青年医師だった。
「見せてごらん。深く切ってしまったみたいだね、でも大丈夫」
 医師がテローネの指に触れると、傷口は一瞬のうちにきれいにふさがった。
「はい、これでよし」
 テローネは自分の指先をまじまじと眺めた。傷があったとは思えない。
「ナイトメアですの?」
「そうだよ。僕はこれで生計を立てている医者だからね。もちろん能力を使わない診察もできるけど、痛いのは早く直ったほうがいいし、女の子に傷は残せないからね」
 医師は優しく微笑んだが、テローネはその笑顔の中に狂気のようなものを感じた。嫌な笑顔。彼女は素直にそう思った。
 レナは特に何も感じていないようで、テローネの傷が治ったことに安心していた。いや、そういえば忘れかけていた。確か鏡に聞いた話では、医務室にいるのはバネットという女医だったはずだ。
「ねえ、バネットさんはどうしたの?」
 それとなくレナが聞く。
「バネット? 彼女は主にカウンセリングを担当しているよ。病気や怪我を見るのは僕の仕事だね。それに女の子が来たときは僕が診たいし」
「なにそれ、変態じみてるわね」
「バネットは変態じゃないよ」
「あなたが変態だって言ってるの」
 呆れたようにレナが言った。
「バネットは変態じゃないけど、怒ると怖いから気をつけて」
「えっ」
 レナは一瞬、彼の青い瞳が真剣に訴えたように見えた気がした。が、テローネはこの部屋の居心地の悪さがたまらなかった。
「もう行くですの」
 テローネは小さな手でレナの腕を引いて、医務室から出て行った。
 

a0990_000925.jpg 娯楽室開放。それは収容されている者たちにとって朗報だった。一部の者を除いて、希望者は一日二時間、昼食の後に娯楽室で本を読んだり他の者と話を楽しむことができる。
「一部の人ってどういうこと?」
 早速娯楽室にやってきたアリシアが窓際のソファに席を取り、レナに尋ねた。
「凶暴な人とか、人に迷惑かける人とか、つまり問題児じゃない?」
 レナはココアをかき回しながら答えた。
「アリシア、ハンカチできたよ」
 希がきれいに飾り縫いをしたハンカチをアリシアに渡した。
「わー、ありがとう! かわいくなったよー」
 嬉しそうに受け取るアリシア。自然と希も笑顔になる。
「希もここに座りなよ、日当たりがいいよ」
 アリシアがすすめた場所に希が腰掛ける。分厚い強化ガラスから差し込む光が気持ちいい。
「ねぇ、アリシアの能力はナイトメアがあるかどうかわかるだけだよね。人を傷付けるものじゃないのに、どうしてこんなところにいなきゃいけないのかな……私だって、たいしたことはできないし」
 希がぽつりと話し出した。
「そうだね、私にはここに来るまでの記憶がないんだけど、どうして自分がこんなところにいなきゃいけないのかわからない。希は外に家族とかいる?」
「私は……家族や友人は戦争で失ってしまったの」
「あ、ごめん……」
「いいの、自分の過去がわからないほうが辛いよ。もし外に出られたら、私はまた好きなだけ空を眺めたいな」
 窓ガラス越しに空を眺めながら希が言った。この場所の窓が開くことはない。
「外に出たいと思う?」
「うん、出たいかな」
 何気なく湧き上がる、外の世界への希望。流されるだけの生活から、希が変わり始めていた。

「うをー! さっぱりわからない!」
 娯楽室においてあるチェス盤を凝視しながら頭をかきむしるレナ。向かい側に座っているのは月見 鏡。
(「失礼ながら頭のほうはイマイチ、と」)
 クイーンを取り上げながら鏡は冷静に周りの人間を観察していた。
「何かいい情報あった?」
「少し、注意したい人間がいます」
 バネット。あの女は要注意だ、と鏡が告げる。とても動きにくい状況であることも。
「厄介ねぇ」
 レナがため息をついた。誰かがレナのキングをひょいと取り上げて、彼女はようやく自分が負けたことに気がついた。
「レナさんの負けですの。王様が死んでしまいましたの」
 白い小さな手に白のキングをおさめた声の主は、テローネ。目のない黒猫を連れた不思議な少女だ。
「これは戦争のゲームですの?」
「そうですね、戦争を模したゲームです」
 レナの代わりに鏡が答える。
「チェスは二人で遊ぶものですの。私はトランプで遊びたいですの」
 テローネはチェス版の上に真新しい紙製のトランプを置いた。
「そうだね、トランプなら大勢でできるし、簡単にできるゲームもあるし」
 レナがチェス版を片付けて何のトランプゲームをしようかテローネと話していると、長身の青年、トランスポートが近寄ってきた。
「いいモノを見つけたぞ。どこぞのモグラが掘った穴だ」
 彼はエアダクトのことをそれとなく教えた。それがどこに続くかわからないが、出口に近いという噂はある。まだ確証はもてないが。
「それなら私が確かめてあげますの」
「まさか直接入ってみようっていうんじゃ」
 怪訝な顔をするトランスポートを見て、テローネは意味ありげに微笑んだ。
「とりあえず、今はトランプをするんですの。他人と遊ぶのって初めてですの」
 レナ、トランスポート、鏡を見渡してテローネが小さな手でパタパタとトランプを切り始めた。
「私ババ抜きがいいな~」
「ババ抜き? それはどういうゲームですの?」
 のうてんきなレナに一枚、カードをテーブルに滑らせるテローネ。そのときカードが彼女の指の皮膚を裂いた。テーブルの上に滴り落ちる血。
「痛いですの。紙って意外と切れ味が鋭いですの」
 トランプをバラバラと落として、テローネは自分の手を握り締めた。
「大変! 医務室で診てもらわないと」
 レナが慌ててドアに向かい、取り付けられているボタンを連打する。すぐに職員がドアを開けてレナの話を聞いた。
「私が医務室まで連れて行こう」
 ロングスカートの知的な女性――杏柚だ。
「私はレナさんについてきてほしいんですの。怖いんですの」
 テローネが小さな体をさらに縮めて怯えてみせる。杏柚は正直こういった反応が苦手だった。どう接すればいいのかよくわからないのだ。
「医務室がどこにあるのかは知っているか?」
「うん、知ってるわ」
 レナがうなずくと、杏柚は二人を部屋から送り出した。自分は血を拭いたりしなければいけないし……と、理由をつけて二人を自由にしてやる。あのテローネという肌の白い少女はこの前食堂でマウスを出し、今もナイトメアで作り上げた黒猫を連れている。何か考えがあることは確かだ。面白い、何をするのか少し見せてもらってもいいだろう。

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