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遠吠えは届かない
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 朝食の時間に、不穏な動きを見せる能力者がいた。それに気付いてはいたが特に何もすることは無かった。
 呉 杏柚(くれ・あんゆ)はこの施設の職員である。もっとも収監されている能力者たちは皮肉を込めて職員たちをまとめて『看守』と呼ぶが。
(「やれやれ……まぁ他の職員に見つからなければいいが」)
 脱走の噂話を耳にしたと思えば目の前でその企画者と仲間が何か企てているようだ。しかしこの施設から出ることはまずできないだろうし、できるものならぜひ見てみたいという気持ちもあった。
 それにささいなナイトメアのネズミを捕まえてああだこうだと上から言われるのも面倒だ。
 助けを求められれば――まあ、そんなことは無いだろうが、少しは手助けしてやるのも面白いかもしれない。
 そんなわけで、杏柚はレナやテローネたちを記憶の隅にとどめておくことはするが自分から首を突っ込むことはしないことにした。とりあえず、今のうちは。

「どうしたの?」
「あの人」
 アリシアが杏柚のほうにチラリと目をやった。
「あのロングスカートの女の人、要注意」
 アリシアはそっと囁いた。
 ナイトメア、『識別眼』。ナイトメアを持つかどうかを見分ける能力。
「何でこんなしょぼい能力で収監されてるのかしら」
 苦笑いしながらアリシアが言った。

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 翌日の朝食時間。
 謎の自称吸血鬼と平凡な青年の話をレナとアリシアは繰り返していた。
「ヘルツさんは普通じゃないみたいだしケンイチさんはなんだか理解できてないみたいだし、大丈夫かなぁ……」
「私たちみんな普通じゃないんだよ。ケンイチはどうして自分がここにいるのかすらわかってないみたいだったけど、ヘルツは面白い能力を持ってるし。でも確かに3人じゃ不安だなー」
「私をそんな目で見ないでよ、私はみんなと違ってアクティブな能力が無いし」
 アリシアが視線をそらしたその先に、ごくごく普通な感じの青年が立っていた。
「私は月見 鏡」
 青年は自分から名乗り、レナの隣の席についた。
「あ、おはようございます。私はアリシア、この子はレナ。もしかしてメモを見て?」
「ええ。私も少し退屈にしていたので、ちょうどいいかと。まあ、話といってもこの建物についての話になるのですが、男子房と女子房では何か違うところもあるかもしれないでしょう?」
 鏡は見た目はこれといった特徴は無いが、喋り方に知的なものを感じる青年だ。彼にとってもこの施設はさぞ退屈なものなのだろう。
「自分たちに与えられている情報があまりにも少ないので、自分で少し調べてみました。ナイトメアという能力を持った人間を収容する施設、興味深い仕掛けがあってもおかしくはありません」
「確かに。壁をすり抜けたり壊したりする能力を持っている人がいてもおかしくないものね。そういう人たちは特別なところにいるのかな?」
 レナやアリシアの力では自力で部屋から出ることは難しい。しかし、破壊的な力を持った人間が普通の部屋におさまっているというのも考えがたい。
「ええ、特別な部屋があるようです。ナイトメアとひとくくりに言っても能力の強さや種類は無限にあるわけですから」
「やっぱり能力を見極めて脱出できないようにされているのね……」
「?」
「脱出。私なら薄い壁くらいは蹴破れるけど、それは大分前に試したわ。足がしびれただけに終わっちゃったけどね」
「過激なことを考えているようですが、なかなか興味のある話ですね」
 おや、とアリシアは首をかしげた。ここにいる人間は『脱出』などという言葉に関わろうとはしない。過去に脱出を企てた人間がどうなったか、みんな噂で知っているからだ。
 しかし鏡はどうだろう、興味深そうに話を聞いている。
「ここにいても結局は『死に体』でしょう、必要があればまた声を掛けてください」
 いつの間にか空になった朝食のプレートを持って、鏡はその場を後にした。


「あの方とのお話は終わったんですの?」
 いつの間にかレナの向かいの席にちょこんと座っていた少女。
「あ、うん。あなたは?」
「私はテローネ」
 黒いワンピースに身を包んだ小さな少女は、傍らにいる黒猫に朝食を分け与えながらレナを興味ありげに見ている。
「私はあなたのお話を聞きにきたんですの」
「私の話? あなたが話を持ってきたんじゃなくて?」
 レナが不思議そうに問う。
「ここを出る為の情報を集めているんですの」
 えっ、とレナとアリシアは固まった。テローネの口から爆弾発言である。
「ここを出られたら、戦争が本当になくなったのかを探したいんですの」
 黒猫にパンをちぎってやりながら、テローネがさらりと言う。
「わわわー、テローネ、そんなこと堂々と話してたら看守に目をつけられるよ!!」
 慌ててレナがテローネの口をふさごうとしたが、テローネはちょいと指先でレナの手を制した。
「さっきの方ともそういう話をしていたのでしょう?」
「えっとー……それはそうなんだけどもっとビブラートに包んだ言い方で」
「オブラートのことですの?」
「うん、そうそう」
 自分よりずっと年下(少なくとも外見はそう見える)の少女に指摘されて頭をかくレナ。
 しかしこう大胆に切り出されるとは。
「そういうのは苦手ですの」
 そう言うとテローネはぽんと小さなネズミをテーブルの上に出し、レナに向かわせた。
「ナイトメア、『地母神の血肉(マグナ・マーテル)』。この子を使えば離れていても意思は伝えられますの。イエスの時は右に一回転。ノーなら左。どちらでもなければクルっと前転ですの」
 レナはネズミを慌ててワンピースのポケットに押し込んだ。
「み、見られなかったかな、今の」
「大丈夫だと思うけど」
 テローネがテーブルを後にしてからも、レナとアリシアはなかなか落ち着けなかった。
 実はあの目の無い黒猫も、テローネが能力で生み出したキメラである。テローネがまだ幼い少女なのでそのあたりは大目に見られているのかもしれない。この施設で個室で一人きりで過ごすのはあまりにも寂しすぎることは誰でも想像できる。
 もちろん、テローネは寂しさを紛らわすために黒猫を連れているのではないのだろうが。

 ヘルツがレナの元から去るのを見届けて、これといった特徴のない金髪の青年が近づいてきた。
 彼はヘルツのこともレナのことも知らない。ただ、ヘルツはどう見ても普通ではなかったので近寄りがたかっただけだ。
 ではなぜレナのテーブルまでやってくる機会を伺っていたのか?
 コルクボードのメモだ。
 面白い話が出来るかどうかはわからないが、とりあえず自分が住んでいたカンザス州の話でも聞かせてあげればどうだろうかと彼は思った。
 彼女が日々退屈にしているなら、行ったことのない場所の話をすれば少しは喜んでくれるかもしれない。
「あら、こんにちは。あなたもお話? せっかくだしそこに座って」
 レナは自分の正面の席を指差した。金髪青眼で中肉中背、『鈴木一郎さん』やら『ジョン・スミス』のような青年がおどおどと椅子に腰掛ける。
 そもそも目の前にいる少女はどう見ても自分より年下なはずだから、こんなにおどおどしたりかしこまったりする必要はないのだが、そうしてしまうのが青年の性格らしい。
「さっきの吸血鬼と違ってずいぶん普通の人ね」
「失礼でしょ」
「どっちに?」
「二人ともよ。ヘルツさんだって吸血鬼じゃないし、この……あなた、名前を教えてくれるかしら? 私はアリシア、こっちの失礼な子はレナよ」
 彼の名前を知らないことに気付いて、アリシアは自分から名乗った。
「ぇえと、はじめまして……ケンイチ・ゴールドスミスと申します……」
 ずいぶんと身を縮こまらせて青年が名乗った。あまりこういうことにはなれていないような印象を受ける。
「ケンイチね。コルクボードを見てきたのね?」
 レナが身を乗り出すとケンイチは思わず身をそらす。
「ええ、私が生まれたカンザス州の話でも聞いていただければと思いまして……」
 それからケンイチは西部開拓時代の趣が残った田舎の話を長々とした。
 なるほどねぇと時折相槌を打ちながら話を聞く少女二人。
「もしや、そのカンザス州に戻りたいとか?」
 レナの唐突な言葉にケンイチは顔を引きつらせた。
「わかるわ、ここは建物の中だし田舎暮らしにもちょっと憧れちゃうよね。ふるさとに帰りたいのは誰だって同じだし……ああ、私はどこがふるさとだかわからないんだけど。だからふるさとを覚えてるってだけでもうらやましいわ。で、そこに行ってみたいと。見た目は地味だけど考えることは大きいわね。男はこうでなくちゃ」
「え? え?」
「話がすれ違ってるみたいだけど?」
 アリシアが指摘すると、今度はレナが驚いた。
「あら? 本当に田舎の話だけ?」
 ケンイチ・ゴールドスミスは中身も平凡な青年だった。とりあえず、彼が『ケンイチ』である今は。

 夕食の時間。一日で一番ましなものが食べられる時間だ。
 レナとアリシアはいつものように二人で並んで食事を取っていた。
「相変わらず薄い肉ねー、これの二倍は欲しいけど」
 ペラペラのステーキをフォークで突き刺してレナが退屈そうに言った。
「あげないからね」
「べ、べつにアリシアのをとろうなんてしてないよっ!」
 そーっとプレートをレナから離すアリシアを見て、レナは慌ててステーキを自分のプレートに戻した。
 そんな二人の元に、ガリガリに痩せた男が一人、近づいてきた。
 ここには色々な人間がいるから、彼の伸び切った黒い髪や赤い瞳など不気味な外見は気にしない。少なくともレナはそうだ。
「よければどうぞ」
 彼はレナに自分のプレートを差し出した。手がつけられた痕跡はない。
「あなたは食べないの?」
 レナは率直にたずねた。
「俺は食事を摂らない」
「はぁーっ、それでそんなに痩せてるんだね。それじゃ遠慮なく頂きまーす」
 ありがたくペラペラステーキの乗ったプレートを受け取るレナ。
「ちょっとレナ、少しは遠慮ってものを考えなさいよ。何も食べずにこの人はどうするのよ」
 アリシアがレナをたしなめる。
 確かにこの男、食事を摂らないとはいってもかなり痩せている。何も食べずに生きていられるナイトメアとは違うのかもしれない。

 血。男が口にする唯一のもの。
 男の名はヘルツ。
 食事の時間は、ヘルツにとって退屈な時間だった。
 食事は食べないから食堂へ出てくる理由はないのだが、収容者を一括に管理する為、食事の時間には必ず出てこなければならなかった。
 そんなある日の朝、コルクボードにメモを貼り付ける、少女の姿を見つけた。
 彼女が立ち去るのを待ってから、メモを見に行く。
『食事の時間の話し相手募集。面白いネタ持ってきてね! レナ』
 年頃の少女らしい、丸く跳ね回るような字体で書かれたそれをみて、ヘルツは疑問を覚えた。
 先程も、友人と思しき少女と食事をしていたのに、なぜ話し相手を募る必要があるのだろう……?
 何かに興味をもつのは、久しぶりだった。
 あの少女――レナに、接触してみようと彼は決めた。
 ちょうどそろそろ、喉の渇きも限界だ。
 彼女にうまく近づければ、一口頂くこともできるかも知れない――

「君は、本物の吸血鬼を見たことがあるかい?」
「へ?」
 男の唐突な質問に、レナはぽかんと口を開けたまま固まった。
「吸血鬼、ヴァンパイアだ」
「な、ないけど……」
 男は長い髪の奥でにやりと笑った。
「コルクボードを見てね、面白い話が聞きたいんだろう」
 男の言葉にレナはうん、とうなずいた。
「とりあえず、あなたの名前を教えて」
「俺はヘルツ」
 ヘルツと名乗った男を、アリシアは困惑の目で見ていた。怪しい、怪しすぎるってば。
「私はレナ、こっちはアリシア」
「ちょっ」
 私を巻き込まないで、とアリシアは言いたげだった。
「二人が楽しげに話をしているのを見たことがあるが、面白いネタが欲しいとはどういうことだろう」
 ヘルツはアリシアをチラリと見ただけで、レナのほうに向きを戻した。
「ここで面白い話っていったら、一つしかないでしょ」
 レナが楽しげに笑った。
 

出来次第リアクションを公開していきます。
すべてのリアクションが公開されてから第2回アクション受付となりますので、今しばらくお待ちください。

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